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三国志と中国
陳舜臣
「もともと、商人は信義を重んじなきゃいけないということで、信義を重んじた関羽が商売の神様になったと思うんですけど、信義を重んじなきゃいけないのは何も商売人に限らないわけですからね。一説によれば、神さんが分担を決めるとき、袋の中に物を入れて、取ったもので決めた。筆を取ったら、字の神様になるとかね。そのとき関羽はそろばんを取った。だからそろばんの神さんになった。(笑)」(「三国志の魅力とは何か」より)
華僑の暮らしと密接な縁のある「関帝廟」は、三国志の主役の一人である関羽を祀った寺であり、神戸にも立派なのが建っている。私にとっては子供の頃の遊び場でもあった。当時の住職さんは卓球の上手な方で、たまにお堂に卓球台を出しては遊んで頂いたものだ。
毎年旧盆の時期には、市の地域無形民俗文化財にも指定されている「水陸普度勝会(すいりくふどしょうえ)」が営まれる。廟内と境内には紙と竹で造られた家の模型(冥宅:めいたく)が並び、過去一年の間に他界した死者が祀られ、最終日の夜にはこの冥宅を廟前の路上で燃やす。私が子供の頃はスマートボールや綿菓子、金魚すくいなどの夜店が並び、路上では中国映画が上映され年寄り達が楽しそうに眺めていたものだ。
「中国のリーダー観というのは、茫洋としていて、人にいろいろいわせて、最後に決断を下す。自分ではなにもしない。それが理想像でしょう。劉備はそれに近づいていくわけです。」(「わが友諸葛孔明」より)
(2004/2/18更新)
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