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沖田総司(上)(下)
早乙女貢
「総司は走っていた。風が耳もとで鳴った。足もとから、雪が舞いあがり、ときどき、草鞋の足が滑った。
走りながら、かれは、うしろをふりかえった。罵り声が追ってくる。
『執こいなあ』
右手にさげた刀が、路傍の草を薙いだ。その刃はまだ血を吸ったことがない。」(「青年」より)
幕末の英雄で最も女性の人気を集めているのがこの沖田総司。写真が現存しないため、実際に美男だったかは定かでない。が、“若くして労咳に倒れた悲運の天才剣士”ということで、とりあえず美男でなきゃ絵にならないだろう。また様々な作家が新選組に多彩な光の当て方をしているが、本書でも描かれている通りの無骨で一本気な近藤、冷徹無情な土方、純情多感で明るい沖田という構図は、司馬遼太郎の「新選組血風録」等ほぼ誰もが踏襲している。血なまぐさい新選組の歴史の、一服の清涼剤といった感じか。
さて、会津の血を引く作者の早乙女貢は、維新史を敗者側から描く独自の作風なため、いわゆる維新の英傑は片っ端から一刀両断、勝海舟も山岡鉄舟も龍馬も晋作も皆ボロクソである。20代で初めてこの人の作品を読んだ時はさすがに(何やねん、この作者は!)と反発したが、明治維新を全く別の角度から見せられるのは結構新鮮な体験でもあった。こういう作家がいないと、会津藩の人たちも浮かばれないよなあ・・・と今は素直に思う。
「総司は抜刀した。黒猫は、それでも凝っとしていた。総司は蹌踉と近づいた。猫の一間ほど手まえまでいったが、刀をふりあげる気力もなく、よろよろと、その場に片膝をついた。
『斬れない、おれには斬れない』
総司の双眸には、絶望か悔恨か涙がいっぱいに盛り上がっていた。
おりえは総司の死に目にあえなかった。精のつくものを食べさせなければ、と、自分の着替えを入質しにいった留守であった。」(「落日」より)
(2004/3/17更新)
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