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落日の宴 勘定奉行川路聖謨
吉村昭著
裁きを終えたかれは、居室にいる佐登の前にゆくと平伏し、ありがたや、ありがたやと何度も頭を下げた。佐登は大いに驚き、精神錯乱をおこしたかと不安になってただすと、かれは醜女のおかした事件を口にし、美しい佐登を妻にしていることがもったいない、と、さらに頭をさげつづけた。その姿に、佐登をはじめ居合わせた用人たちは、息をつまらせて笑った。(三)
幕末期の徳川幕府を主に外交面で支えた超一級の優れた官僚の足跡を、日記を思わせる丁寧さで丹念に描き切った上質の歴史ノンフィクション。主にロシアの使節プチャーチンとの、タフでシビアな外交交渉のやりとりが読みどころとなっており、図らずも交渉術のテキストとしても一級の作品となっている。
何より、吉村昭の淡々とした筆致の中に秘められた“静かな炎”の如き情感が、謹厳実直な中に骨太さを秘めた能吏・川路聖謨の生き様を見事に浮き彫りにする形となっている。濡れ場までが妙にぎこちなく、生真面目な調子で描かれているのが微笑ましい。文体が主人公に息を吹き込み、リアリティを増幅させた感のある興味深い作品。
かれは、これまで強大な権力をもつ井伊の鋭い眼を絶えず意識し、どのような罰が自分にふりかかるかという恐れをいだきつづけてきた。それが井伊の死によって消滅することに、深い安堵を感じた。
それと同時に、激動期に確乎とした政治信念をいだいていた井伊が必要不可欠の人物であり、それをうしなったことは国の大きな損失である、とも思った。(十)
(2005/1/4更新)
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