| 捕手論
織田淳太郎
セ・パ両リーグを渡り歩いた若菜嘉晴も捕手業に喜びを見いだしたひとりである。ただし、彼の場合、田淵幸一への強い憧れによって、プロ入りを決めたという背景がある。
田淵は昭和四三年、通算二二本塁打の東京六大学記録を持つ文字通りの強肩強打の大型捕手として、法大からドラフト一位で阪神に入団した。若菜が柳川高からドラフト四位で西鉄に入団したのは、その三年後のことである。(「水沼四郎の21球」より)
古田の登場以来、少年野球の世界でも捕手志望の子供達が増えたという。精神論中心だった昔の野球中継に比べ、今は捕手のリードを中心に理論的に野球の面白さを解き明かしてくれる解説者も増えた。巷では巨人戦の視聴率低下=プロ野球人気の低下に結びつけているが、地方の人たちの応援対象が巨人から日ハム、楽天、ソフトバンク等に移っただけのこと。特に我が阪神タイガースの地元兵庫・大阪では、“プロ野球人気低下論”などどこ吹く風、甲子園は連日超満員だ。高校球児の数も現在は史上最多であり、近年の少子化の流れを考えるとまさに大健闘と言えるだろう。
もちろん、世界とダイレクトに戦うサッカーの人気向上は紛れもなく事実であり、それはそれで大いに結構。共に発展すれば済むだけの話だ。毎日見られる巨人戦の視聴率と、4年に1度の希少なサッカーW杯の視聴率を同列に比べる方がどうかしている。
と、まあ、田淵幸一入団以来の筋金入り阪神ファンは思うのである。
元広島の正捕手・達川光男はキャッチングに難があった。打撃にも特に光るところはなく、自慢できる脚力もなかった。だが、彼は紛れもなく球界を代表する名捕手だった。リードの特徴は頑ななまでに投手の立場に立つものである。
「キャッチャーはあくまでも受けさせてもらう立場。ピッチャーにいいボールを投げてもらって、初めてキャッチャーいうもんが生きるんじゃけん」
(「捕手とチームプレー」より)
(2005/9/12更新) |