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近江屋(埼玉)
無濾過純米生酒
720ml/971円
「琵琶のさざ浪」で知られる麻原酒造の別銘柄。蔵元の初代麻原善次郎氏が近江の国・琵琶湖の畔に生まれたことから、埼玉にありながら「琵琶」「近江」を酒銘としているそうである。
さてこの「近江屋」。開栓したばかりの日は尖った口当たりの辛口だったが、3〜4日置いてから飲んでみるとまろやかさが増し、穏やかで旨味のある飲み口へと変わっていた。冷やし過ぎず、室温より少し冷たい位が一番旨い。千円を切るお手頃価格で無濾過生酒の奥深さに触れられる酒。
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誰がテレビをつまらなくしたのか
立元幸治
競争が過激になり、刺激的で視聴者を煽ったり迎合した番組が増え、特集や感動が日常化し、お祭りが日常化するとき、逆に「日常」や「平凡」が非日常として意味を持つようになります。そして、それが本来のテレビのあり方ではないでしょうか。(第5章「どっちを向いても『韓流』?」より)
昔のテレビ番組に比べて今日の番組の方が“つまらない”とは、一概には言えない。いわゆる低俗番組は昔からあったし、テレビのつまらなさを嘆く有識者はいつの時代にもいた。
ただ、この10年でテレビを取り巻く環境が大きく変わったのは事実である。BS、CS、ハイビジョン、CATV、さらにはケータイ、インターネット、ゲーム機などメディアの進化と多様化が進み、人々の興味の対象は分散の一途をたどっている。こうした時代にあっては、地上波放送のマインドシェアは低落して当然であり、全国紙や週刊誌の影響力低下も根は同じ。大人から子供までが口ずさめる大ヒット曲や、時代を象徴する広告コピーが登場しなくなったのも、紅白歌合戦の視聴率が下がり続けているのも、こうした流れと軌を一にしている。要するに、時代が変わったのだ。
M・マクルーハンは、人びとがメディアに囲まれ、それを無自覚、無批判に受け入れてしまう現実から、それを、「壁のない牢獄」と表現しました。私たちは、常に見えない壁に囲まれており、そこで、先にふれた「感性の鈍磨」という現象も起こっているのです。(第6章「テレビの『怖さ』とは何か」より)
(2006/6/20更新)
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