| 広告の天才たちが気づいている51の法則
ロイ・H・ウイリアムズ著/宮本喜一訳
ほとんどの広告は、製品の話かそれを製造している企業の話だ。こうした広告から生まれてくるのは、期待はずれの成果だけだ。これに対して、最高の広告は、顧客について語り、製品がその顧客の生活をどのように変えてくれるかを語ってくれる。(25「ところで私とどんな関係があるの?」より)
“良い広告”とは何だろう?
広告主の視点から言えば、狙ったターゲット層の心を動かし、広告主の商品・サービスに喜んで対価を支払う気にさせる広告が“良い広告”である。一方生活者サイドの視点からも、広告を通じて気に入った商品・サービスに出会うことができれば、それも“良い広告”だと言えよう。但しそれは(少なくとも誰かにとって)紛れもなく“良い商品・サービス”であることが大前提である。そうでない(=問題ある商品・サービス)場合、クリエイターは途端に詐欺師の片棒を担がされる羽目になる。
本書を読んだ後に「近未来通信」のニュースを新聞で読み、ふとそんなことを感じた次第。やはり少なくとも作り手自身が“良い”と思える商品・サービスでなければ、クリエイターは自分の創作技術の駆使に責任を持たなきゃいけないのだろう。
広告の対象を間違えたために失敗した、等という広告主に、私はこれまでお目にかかったことがない。反対に、メッセージに単純な変化を加えるだけで奇跡が起こった、という例を、私なら無数に上げられる。(24「単純な変化を加えるだけで奇跡が起こる」より)
(2006/12/7更新)
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