| メディアが市民の敵になる
さようなら読売新聞
山口正紀
私は入社直後から、「新聞記者であること」に悩んできた。市民の人権を守り、権力を監視する立場にあるマスメディアが、警察情報を鵜呑みにした犯人視・プライバシー侵害報道で市民を苦しめている。私は人権侵害をするために記者になったのではない。なんとかして報道のありようを変えたい−−(「はじめに」より)
新聞社在職中から自社を含むメディア批判を臆せず展開し、最終的には日朝首脳会談報道を巡る外的圧力で記者職を解かれ退社の道を選んだ、元新聞記者による“人権とメディア”に関する論考集。とりわけ、「権力のチェック機関」であるべきマスコミが政府・警察の公式発表に依存している現状、及び「知る権利」の名の下に実名報道による被害を受けた人々の問題に多くの誌面を割いている。
今日のマスコミが抱えている閉塞状況を打破するためにも、権力に立ち向かう強さと弱者への優しい視線を合わせ持つ、新世代のジャーナリストの登場に期待したいところ。昨今の安定志向の大学生には大手金融機関が人気のようだが、「踊る大捜査線」の物語構造を大新聞社に移し、自らの使命感と現実との間でもがき苦しむキムタク主演のドラマでも作られれば、ジャーナリズムに関心を持つ若者が増えるかも知れない。安直ではあるが、何事もきっかけだ。
「メディアを批判するなら、新聞社を辞めろ」と言うような記者は、内部告発をどんな姿勢で取材するのだろうか。告発者に「会社を辞めるべきだ」と言うのだろうか。いや、それ以前に内部告発者は、そんな会社主義の編集幹部に支配された新聞社を信頼し、情報を持ち込むだろうか。(03/2/14 「記者の『言論の自由』−新聞にも情報公開が必要だ」より)
(2007/5/3更新)
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