| 「愛」という言葉を口にできなかった二人のために
沢木耕太郎
間違いなく、「愛」という言葉は状況を斬り拓き、新しい関係を作り出す。しかし、仮にその「愛」が成就したとしても、それが最終的なハッピーエンドに結びつくとは限らない。成就した「愛」は変容するからだ。姿や形を変え、それが「愛」であったかどうかということすら不分明になるほど色褪せてしまうことが少なくない。一方、成就しなかった「愛」は色褪せることなく、むしろ年を経るごとに鮮やかにすらなっていく。(「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」より)
「愛してる」なんて言葉を素面で言える程神経は太くないが、真剣に思いを寄せた人に、想いを告げないまま済ませたことは一度もない。「我ことにおいて後悔せず」という宮本武蔵の言葉を、少なくとも色恋沙汰に関しては実践してきた訳だ。
本書にあるように、「映画には多くの《「愛」を口にできなかった者たち》が登場してくる」。そして「愛」とは何も男女間で語られるだけの言葉ではない。過日、日清食品の故・安藤百福氏の葬儀に参列した時のこと。喪主を務められた安藤宏基社長のご挨拶の中に、「かつて父が私に『お前を愛している』とはっきり言ってくれたことがあった。でも私は照れて何の言葉も返せず、そのことを今本当に悔やんでいる」との下りがあり、思わず胸を衝かれた。私にも子供がいるが、さすがに面と向かって言葉にはできない。やはり日本が世界に誇るインスタントラーメンの父、我々の様な凡人とは違う。
もちろん、「愛」という言葉を口にできなかった経験は男と女のあいだだけに存在するのではない。親と子のあいだでも、あのとき「愛」という言葉を口に出せていたら、という痛切な思いを抱くことは大いにありうる。(「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」より)
(2007/7/29更新)
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