| ウェブ社会の思想
〈遍在する私〉をどう生きるか
鈴木謙介
ユビキタスな環境の中に立ち現れる〈バーチャルなわたし」の遍在によって、私たちは、自分自身が何ものであるかについての語り(自己物語)を後景化させ、自分に関するデータの蓄積から導かれた「宿命」を、端的な事実として受け容れるという未来へ向かいつつある。宿命という島宇宙に閉ざされた環境の中で、私たちはどのようにして、その外側の未来を選択し得るのか。(第五章「公共性とマスメディア」より)
物を買う、調べ物をする、知人とコミュニケーションを取る、「酒」と「本」について偏愛的に語る(!)・・・etc.、多くの人はネットの中に、意識的にも無意識的にも自らの痕跡を残している。で、これらの行動履歴は第三者によって公然と蓄積され、amazonならお奨めの本を、iGoogleならお奨めのWEBページを呈示してくれる。そうやってネット上に様々な足跡を残していくうちにデータは精緻化され、“お奨め”はますます確度と便利さを増す。いずれネット上に〈遍在する私〉の履歴=個人的興味と偏愛の記録を基に《Google Job》が「Bestな仕事」を、《Google Partner》が「Just fittingなHの相手」を見つけてくれるのだろう。
そして自発的な検索/行動履歴に基づいている事で、ネット上に遍在する〈バーチャルな私〉の方が、自ら物語る〈私〉よりも〈リアルな私〉を体現していると周りは、いや私自身さえ思うのかも知れない。
情報化されたコミュニケーションの増大により、私たちは自らのコミュニケーションを相対化して反省することなく、ますます「小さな真実」を信仰するようになっているように思われる。・・・(中略)・・・このように、めいめいの生きる〈現実〉を、情報環境が補強するという事態が加速していくことで、能動的であることや公共的であることは、ますます困難になっていく。(第七章「宿命と成長(2)」より)
(2007/10/1更新)
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