| デジタルメディア・トレーニング
情報化時代の社会学的思考法
富田英典・南田勝也・辻泉編
ケータイは友人との「出会い」だけでなく「別れ」にも役立つ。これを社会学者の辻大介は「オンーオフの容易な関係」と呼ぶが、いわば友人との「出会い」と「別れ」が、「(連絡先の)交換・登録」と「切る・消す」になったのだ。(第2章「ケータイの現在」より)
ケータイやネット、ビデオゲームといったデジタルメディアについて、あえて「敵か味方か」という視点から社会学的に論じてみようというのが、トレーニングと名付けられた本書の趣旨。実際のところ「ネットは(ケータイは)敵か味方か」という二者択一自体ナンセンスではあるが、先月神戸の某高校で起きた、「裏学校サイト」が絡むいじめ自殺の様な事件が身近に起きると、たやすく人を傷付け得る「敵」としてのネットの一面を、否応なしに意識させられてしまう。
かといって「学校側がそうした裏サイトをきちんと監視すべきだ」等々、ピント外れな責任追及を掲げる識者の声を読まされると、問題はそこやあれへんで〜と突っ込みを入れつつ、ああ世間のネットに対する知識って所詮その程度なのよね、と改めて感じさせられる。
テクノロジーや情報環境に依存することは、多様な文化や音楽を許容するようでいて、じつは好む系統だけを選んでいるということになりかねない。それ以外の情報は排除する「文化的・社会的不寛容さ」が知らぬ間に進行しているかもしれないのである。そうならないために、私たちは、エゴを追求すると同時に、コモン(共有)を意識すべきと考える。(第11章「メディア文化の未来」より)
(2007/10/22更新)
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