| スポーツニュースは恐い
刷り込まれる〈日本人〉
森田浩之
女子選手の私生活に目を光らせるスポーツニュースは、彼女たちが結婚しているかどうかに特別な関心を寄せる。女子選手が結婚すると「ミセス」「奥さま」とうれしそうに呼び、出産でもしようものなら、すぐに「ママさん選手」と呼びはじめる。
これも女子選手だけに向けられる偏ったまなざしだ。「パパさん選手」と呼ばれる男子選手はひとりもいない。(第2章「女子選手に向けるオヤジな目線」より)
「スポーツニュース=男優位の偏見と固い思考枠にとらわれたオヤジ」として擬人化し、その視点から世のスポーツ報道の中に深く静かに満ち溢れている偏った世界観を分析した書。あとがきにあるように、著者は親の仇だと思って言葉をねちねちと読み込む“ディスコース・アナリシス”の手法を用いながら、スポーツ記事を執念深く読み込み論旨を構築している。その結果、スポーツニュースという取っつきやすいテーマでありながら、「メディアリテラシーの重要性」について世の中に警鐘を鳴らすユニークな本に仕上がった。
著者は元ニューズウィーク日本版の副編集長ということもあり、豊富な記事例を挙げながらジャーナリスティックな視点で分析を進めている。だからこそハンカチ王子の名が全て斎藤「裕」樹になっているという初歩的なミスが残念。(「佑」が正解。編集者も気付いてあげようよ。)
スポーツでめざましい活躍をしたヒーローは、社会の「シンボル」になるという。ちょうど宗教儀式でたてまつられるシンボルのような存在だ。そこには社会が大切にしている道徳的価値観が投影され、シンボルごと称賛される。
価値観は抽象的なものだから、それ自体を称賛するのはむずかしい。でも価値観が人のかたちをとれば、みんなでそれを再確認し、称賛することができる。(第3章「スポーツニュースは〈人間関係〉に細かい」より)
(2008/3/27更新)
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