| 「モテ」の構造
若者は何をモテないと見ているのか
鈴木由加里
結局、『LEON』のような雑誌が、「見立て」てくれる衣服や時計、アクセサリー、自動車やしゃれたレストランやゴルフ用品などの「モノ」の「物語」を提供しているのと同じように、アンチ派の人生論は、「男の生き様」や「品格」などの精神的な豊かさのほうが、金で手に入れられるものより優れているという物語を提供しているという違いがあるだけで、読者に売ろうとしているものは、それぞれ同じような「見立て」なのである。(第4章「『モテの教科書』を点検する」より)
現代の若者(男)にとっての「モテ」の条件として、何より最低限の見た目へのケア=身だしなみへの気配りは欠かせない。それは単純におしゃれという意味だけでなく、汗の匂いやむだ毛の処理、肌の手入れなど、細かい点にまで及んでいて結構ハードルが高そうである。また20年程前には「三高」(高学歴・高身長・高収入)などと云われていた理想の男性像は、今や「三低」(低姿勢=偉そうにしない/低依存=束縛しない/低リスク=安定した職業)へと変化しているらしい。
別に不特定多数の異性に「モテ」たいとは昔も今も思わないが、男にも「キレイ」が求められる今の時代に若者をやってなくて良かったと、「LEON」さえ手に取った事のないおしゃれ無関心派のオジサンはつくづく思う。
本当のところ「見た目」とは顔の造作や身長や体型ではない。「見られている存在」であるということをどう意識して、外見を支配、統御、ケアし、作っていくのか、ということの総体が「見た目」なのである。(第5章「モテないということ、モテるということ」より)
(2008/4/10更新)
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