| 植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」
戸井十月
「等、これはヒットするぞ」
「なにがヒットするだよ、こんな歌」
植木には父親の反応が意外だった。
「いや、“わかっちゃいるけどやめられない”って詞はすばらしい。人間てものはな、みんな、わかっちゃいるけどやめられないものなんだ。・・・」(第一章「めんどうみたョ」より)
小学生の頃、人気絶頂だった「8時だョ!全員集合」が唐突に終了し、半年だけクレージーの「8時だョ!出発進行」に切り替わった時期がある。PTAが嫌悪=子供ウケする判りやすい俗悪さを前面に出したドリフに比べ、“大人の集団”クレージーが無理して演じている(様に見えた)舞台上でのドタバタは、今で言えば少々“イタイ”空気が漂っていた。ただその中にあって植木等だけは、当時小学生のカリスマだった加藤茶とは異質な“大物感”を子供心に感じさせ、面白いというより何か“スマート”で“オシャレな”存在として映っていた記憶がある。
今回本書で改めて「責任感の強い“無責任男”」植木等の生き様と人間性に触れ、なぜ無知なガキの眼にさえこの人がカッコよく映ったのかが氷解した。かつてTVの追悼番組(「いつみても波瀾万丈」等)で語られた既知の話も多かったが、植木への深いリスペクトが文中にも行間にもたっぷりと感じられ、読んでいて温かい気持ちにさせられる一冊である。
「・・・無責任男のイメージが強くてね、いろんな芝居をやっている内に消えるかなと思ったけど、消えない。それが嫌だったこともあったけど、でも、やっぱり消えちゃ駄目なんだと思うようになってね。それが植木等の存在価値っていうかね、人と変わってるところがあっていいと。笑顔と明るさね。笑顔がなくなって、明るさがなくなったら、僕の存在価値なし!」(第四章「そのうちなんとかな〜るだろう」より)
(2008/6/7更新)
|