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鄙の雪蔵(新潟)
純米酒
720ml/1046円
「越の初梅」の高の井酒造が淡麗旨口酒として開発した銘柄。原料米は五百万石他、精米歩合は63%。鄙びた雰囲気のラベルのイメージ通り、口に含むと素朴で柔らかな味わいが広がる。日本酒度-1というデータ以上に辛く感じるタイプ。燗にするとさらに旨くなるとのことなので、いずれ試したい。ちなみに肴は鱧の湯引き。
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マクルーハンの光景 メディア論がみえる
宮澤淳一
(ア)The medium is a message.(メディアは、メッセージである)
(イ)The medium is the message.(メディアこそが、ほかならぬメッセージである)
・・・(中略)・・・つまり、不定冠詞で未知の情報を提示する通常の「AはBである」という叙述ではなく、Bを既知の情報とし、その未知の情報であるAを示す。つまり「Bであるのは、ほかならぬAである」という強調の文なのです。(第2講「メッセージとメディア」より)
ユーミンの「やさしさに包まれたなら」の中に、「目にうつる全てのことは メッセージ」という一節がある。歌詞を知らない人に野暮な説明をするなら、目覚めた朝にカーテンを開いた主人公が、木漏れ日の中で目に映る全ての光景を「メッセージ」として受け止めた一瞬が描かれている。では「目にうつる全てのこと」がメッセージなら、その「内容」は何か? 著者の答えは一言、「わかりません」。でも主人公はきっと、この状況や過去の生き様によって「目にうつる全てのこと」に自ら意味付けをして受け止めるだろうし、まさにこれが「メディアこそがメッセージである」なのだ、と。なるほど。マクルーハンの説明にユーミンを持ってくるとは、なかなかやるなあ。
知的な女性とお酒でも飲みながらマクルーハンについて語る機会があったら(あるのか?!)、ぜひとも使ってみたい一説だ。
結局、「メディアこそがメッセージである」という「プローブ」は、新しいメディアが登場すると、それが新しい環境を生み出し、私たちを取り込む。その環境とは「メディア」が伝える「内容」以上に力を及ぼすものであり、私たちはそれに対処しなくてはならない。そういう話です。(第2講「メッセージとメディア」より)
(2008/7/1更新)
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