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海の夜明け【日本海軍前史】
白石一郎
私が生まれ育った神戸には、幕末の一時期ではあるが海軍操練所があった。坂本龍馬もここで航海術を学んだ。ほんの一、二年とはいえ、我が神戸の地で龍馬が青春期を過ごしたというのは、かなりうれしい事実だ。
そして神戸海軍操練所の所長が、咸臨丸の艦長も務めた勝海舟であり、その勝が洋式軍艦の航海知識を初めて身に付けたのが、本書の舞台となった“日本最初の海軍学校”長崎海軍伝習所である。
「ちょっと風変わりなのは勝麟太郎だろう。
旗本小普請組から抜擢されて伝習所へ入ったものの、勝は数学や航海術、測量術などが、あまり好きではなかった。・・・勝麟太郎の特色は伝習生達の苦情をよく聞き、相互の結束をかためさせる人心収攬の上手さにあった。」(「航海伝習」(二)より)
黒船到来で否応なく門戸を開かされた日本が、洋船を動かす知識も経験もゼロの状態から、わずか数年先に咸臨丸で太平洋横断を成し遂げる程の操船技術をどの様に身に付けたのか。その経緯が、若い水夫の成長物語と重ねながら生き生きと描かれている。
「『神よ、彼等を守り給え』とオランダ人教官の一人が、右手で十字を切る仕種をした。
その表情は真剣そのものであった。
しかしオランダ人達の心配は杞憂に終わり、観光丸は二十三日間という長い航海の末、ぶじ江戸の品川沖に着いたのである。
日本人による蒸気軍艦の初航海であった。」( 航海伝習」(十)より)
(2003/8/10更新)
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